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尾畠春夫(おばたはるお)情熱大陸で初めて語る思いとは?妻や家族についても

尾畠春夫(おばたはるお)情熱大陸で初めて語る思いとは?妻や家族についても

尾畠春夫(おばたはるお)さんを覚えていますか?

名前だけ言われて、パッと顔が浮かんできませんでした。

 

山口県で行方不明になった2歳児を見つけて飴をあげたボランティア活動の男性と言えば、

「あ~。あの人ね」と思い浮かぶと思います。

その尾畠春夫さんが9/23に情熱大陸に登場するということを知りました。

 

その中に尾畠さんが被災地に行く理由が明かされるということが書いてありました。

興味がある内容だったので、まとめてみたいと思います。

 

尾畠春夫(おばたはるお)さん


山口県2歳児発見の男性 発見時の様子を涙浮かべ会見 2018年8月15日(水)
参照:https://www.youtube.com/watch?v=TTd4kRvvG4w

 

 

尾畠春夫さんと言えば、まだ記憶に新しいと思います。

山口県で行方不明の2歳の幼児を発見したボランティア活動の男性です。

 

この時は、大分の自宅から山口県までボランティアで参加していました。

47都道府県 日本地図 カラー

参照:https://www.start-point.net/maps/chizu_anki/

 

尾畠さんは、あちこちの被災地でボランティア活動をしていますが、年齢は78歳です。

趣味の山登りで体を鍛えているのでしょうか?

 

プロフィール

1939年大分県生まれ、78歳

身長161㎝

尾畠さんの家族は妻、48歳の息子、45歳の娘、孫5人(孫娘1人・孫息子4人)です。

 

 

 

尾畠さんは小学生の時にお母さんを亡くしています。

兄弟は7人兄弟の4番目です。

その後、奉公に出てから山口県や兵庫県の魚店で修行をしていきます。

 

東京で鳶と土木の会社で働き、資金を貯めて念願の魚屋「魚春」を大分で開業します。

1968年というと尾畠さんは29歳の時になりますね。

お店は繁盛したそうですが、尾畠さんは65歳の時に鮮魚のお店を閉めました。

 

 

 

尾畠さんはとても元気で活力にあふれていて、テレビからもその様子が伝わってきますよね^^

ひとつ疑問に思うのですが、なぜ尾畠さんは被災地に行ってボランティア活動をずっと続けているのでしょうか?

今回、情熱大陸の中で今まで語ることのなかった尾畠さんの思いが明らかになります。

 

尾畠さんのボランティアに行く理由

65歳で鮮魚のお店を閉めた後は、「学歴も何もない自分がここまでやってこられた。社会に恩返しがしたい」

と語っています。

 

尾畠さんは65歳で鮮魚店を閉店し、その後2006年に徒歩で日本横断を目指しました。

若い尾畠春夫さんの様子を見ることができます。


尾畠春夫さん66歳 徒歩日本縦断一人旅.九州最南端佐多岬~北海道稚内3300キロ野宿しながら自炊で一日平均30キロ
参照:https://www.youtube.com/watch?v=2olvUqwi0ic

 

 

その時に出会った南三陸の歌津中学の浜近くでテントを張った時に、初対面の人がおこわをたくさん持ってきてくれたことがあったそうです。

 

その後、2011年に東日本大震災でお世話になった南三陸町の人に電話をかけた所、つながりませんでした。

尾畠さんは南三陸町に行きました。

お世話になった人は無事が確認できました。

その後、南三陸町の思い出の品を探すことがボランティアのきっかけになりました。

 

その後の熊本地震や西日本の豪雨にも尾畠さんはボランティアにかけつけました。

番組の取材に小畠さんは、「自分は幸せな悔いのない人生を送れたな。尾畠春夫の人生に悔いはなし」

と語っています。

 

ボランティアの活動費も年金から捻出していますし、軽ワゴン車に生活用具などを積み、ボランティアの相手側に迷惑をかけないようにしています。

 

 

情熱大陸の放送内容

『情熱大陸』9/23(日) 尾畠春夫/全身全霊をかけたボランティアの日々!【TBS】
参照:https://www.youtube.com/watch?v=HSVJPdYnGR8&feature=youtu.be

 

尾畠さんは今や時の人ですよね^^

行方不明の2歳児を発見して、家族に渡してあげたスーパーボランティアの男性です。

 

 

9/23(日)TBSテレビで夜11時から放送されます。

内容は放送後に追記したいと思います。

ここからは、放送内容についてです。

 

「おふくろに抱きしめてもらいたい」

78歳の尾畠さんは、そう言いました。

 

小畠春夫さんは、小学生の頃にお母さんを亡くされています。

尾畠さんのお母さんってどんな方だったのかな?

と思いました。

小畠さんは携帯を持ちません。

どうやって探し出そうかと思っていましたが、すぐに見つかりました。

取材の条件は、「作業を妨げないこと」

 

広島県呉市でのボランティア活動を直後からしていました。

現在でもボランティアを続けています。

朝の5時30分から1日が始まります。

ボランティアでは人に迷惑をかけない。

自己責任と自己完結。

「私は近づいてくるものには絶対拒まないんです」と自分のおにぎりを

猫ちゃんに分けてあげます。

 

小畠さんは1人でする作業があります。

川から布切れを洗っていました。

いまだに行方不明の女性が1人いるといいます。

 

ボランティアの受付は午前9時から始まります。

すっかり有名人ですが、やることは一緒です。

10人一組で泥にのまれかけた家の土を運び出します。

 

休憩時間に尾畠さんは塩飴を配ります。

尾畠さんは休まずに段取りをしていきます。

午前中は1度も休むことがありませんでした。

 

昼休みは各自で昼を食べます。

広島のお好み焼きをいただくと、思わず涙がこみあげます。

「うまい」と感動しながら尾畑さんはお好み焼きをいただきます。

 

午後3時に自分が着た作業着を洗濯をします。

午後5時を過ぎた頃、やっとくつろぐ時間になります。

1939年大分の生まれ。

農家に奉公に出されて中学3年で4回しか学校に行けなかったそうです。

65歳で店をたたむとボランティアに専念しました。

 

尾畑さんが自宅に帰ったのは9月過ぎでした。

訪問したのは市役所の人でした。

CMのオファーでした。

「子供と相談させていただきます」

その後、低調にお断りしています。

 

講演依頼は被災地で忙しいからと断っています。

恩返しさせてもらいたいという気持ちが怖いといいます。

妻とは5年前から別居です。

娘と息子とは頻繁に会っています。

 

尾畑さんはもっぱら自炊です。

とにかく腹いっぱいになればいい。

栄養は考えていないといいます。

粗食をつらぬいて、大病には縁がないそうです。

 

温泉好きな尾畠さんは、温泉仲間に冷やかされています。

温泉仲間は、「メディアに取り上げられていない頃からずっと

ボランティアをしていたことを知って欲しい」といいます。

 

いただきものはまず仏壇へ。

母、富日(とみか)さん。

生まれた家はまずしくかったそうです。

 

尾畑さんは「おふくろに頭なでて欲しい」といいます。

「おふくろに思いっきり抱きしめてもらいたい」

行動、言葉をお母さんは見てくれている。

いつか亡くなって会える時に「あばら骨が折れるくらい抱きしめてもらいたい」といいます。

 

8日前、広島でのボランティアでは女の子が尾畑さんを待っていたと抱っこされていました。

健康である限りは行動に移してやらせてもらいますといいます。

来月で79歳になる尾畑さんの笑顔は素敵でした。

 

おわりに

9/23の情熱大陸では、尾畠春夫さんが出演します。

テレビで2歳児を発見したその後の尾畠さん。

これまで他の取材では話したことがない秘めたある思いが語られるということなので、気になります。

尾畠さんの思いや原動力、またどんなことを思っているのかなども放送で明らかになります。